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我が家は家族旅行を毎年1回は行くようにしてます

我が家は家族旅行を毎年1回は行くようにしてます

そして、その旅行は移動手段としてマイカーを使うことが非常に多くなっています。

これにはいくつかの理由があります。

子供が幼稚園くらいの時はそうでもなかったのですが、小学区に入るコロンはとにかく習い事が忙しくなり、そうでなくとも私と家内の仕事の休みがなかなか合わなかったりすることで急きょ、家族旅行に行ける日程が決まることが多くなっていました。

もちろん、行き先を決めて、宿泊先が確保で来ることが大前提ですが。

また幸いなことに私も家内も長距離運転が苦痛になることもなく、交通費も間違いなくガソリンと高速道路代のほうが安いので愛車での旅行が常になっていました。

ですから、長距離移動でも子供たちが嫌がらないように大型のクロカンを購入しましたし、後部にはドリンクをはじめ、旅行に必要なものが積み込めるようにしていました。

さて、そんな我が家の旅行プランですが過去の印象的なものをご紹介したいと思います。

まず最初に関西から2泊3日で小豆島に渡った時のことです。

たまたま、2泊3日で旅行できる休みが家族で会ったため、急きょプランしました。

兵庫県からの移動なのでカーフェリーを使えば本当に簡単に移動可能です。

子供たちもカーフェリーという初めての体験で非常に喜んでいました。

そして、何より小豆島をマイカーでドライブすることが本当にお気楽な観光、そして好きなところに簡単にいけることもあって楽しかったですさすがに夜の移動に関してはあまりにも街灯が少なくて驚きましたが。

海沿いをドライブしていると本当に沖縄にでも来たような感覚になってしまいました。

そして、次にご紹介したいのが伊勢への旅行です。

毎年お伊勢さんにお参りに行くわけですが、早朝、それどころか真っ暗な間に兵庫県を出発して、マイカーで子供たちが寝ている間にお伊勢さんの内宮に到着、下宮もお参りの上、おかげ横丁で食事とお土産を楽しんで最終的には帰路の温泉でも浸かって帰ってくるというパターンです。

これは本当にお決まりながらもあのスピリチュアルな空間は毎年いけないと気が済まないというのが我が家の雰囲気になっていて子供たちもその素晴らしさを理解しています。

もちろん、おかげ横丁での食事、そして帰りに車の中で赤福餅やういろうをほうばりながらコミュニケーションをとる楽しさも最高の喜びではありますが。

そして、さすがに毎年はいけませんが東京への旅行にマイカーで行くことも大きな楽しみです。

もともと、東京に住んでいたこともあり、知り合いもいますので移動手段さえ確保できれば、宿泊先は何とかなります。

コスト面を考えても非常にありがたいことです。

特に東京に行くとなれば、ディズニーランドはもちろん、銀座やお台場での買い物も定番なのでどうしてもコスト面でかなり厳しいところがあります。

それだけにこうしたマイカーでの移動手段を活用できるのは間違いなうプラスになります。

もちろん、移動に際しては私と家内が交代で運転しますが、楽しみの一つとしてインターチェンジでの休憩時の食事やデザートというところも見逃せません。

とにかく渋滞がいやなのでうまく時間調整しながら移動するのが東京と大阪間の移動のポイントになっています。

以上いくつか我が家がマイカーで旅行を行うというシーンで印象的なもの、皆様にご紹介したい例をあげてきました。

いずれも非常に灌漑深いものであります。そして、こうしたライフスタイルにあわせた愛車を購入してきました。

次に買い替える際もこうした楽しみが出るようなマイカー選びをしっかりしたいと思います。

子供たちが大きくなってもこのスタイルであれば、いっしょに移動できるのではないかと考えている次第です。

長距離ドライブで気づくコンビニ店員の方言

コンビニで休憩をとって長距離ドライブ。私は以前、約700kmの距離を、下道を使ってドライブしたことがあります。途中の都市のビジネスホテルで1泊をしてのドライブでした。

遠距離なので当初は公共交通機関を使うことも考えました。また、道路は一般道ではなく、高速道路を使おうとも思いました。

しかし、時間にゆとりがあったものの、金銭的にはあまり余裕がなかったので、この方法を選びました。

移動手段を単にいかに速く到達できるかという目標にするのではなく、移動することも含めて楽しもうという気持ちになったのです。

車を運転することは嫌いではなかったので、長距離のドライブも楽しみでした。

途中で県境がいくつかありました。長時間のドライブなので、2時間おきに休憩を取ることにしました。

休憩場所はほとんどがコンビニでした。移動していく度に、コンビニの店員さんの言葉のイントネーションが変わっていくのは予想外の発見でした。

場所や地域によって、言葉のイントネーションや方言が違っていくのが、とても興味深い体験でした。

時には道の駅で休憩を取ることもありました。その地域ならではのお土産を買うこともありました。

ビジネスホテルに到着する頃には、すっかり夜になっていました。駅の近くのホテルだったので、どこか店が開いているだろうと思っていました。

しかし、予想以上に早く店が閉まってしまい、空いているのはコンビニだけでした。駅の売店もちょうど閉店した直後で、駅弁も食べそこなってしまいました。

仕方がないので、近くのコンビニでどこにでもあるような食べ物を買い、ホテルの部屋で夕食を取りました。それでも旅気分には変わりません。

いつもと違う場所で過ごすことは、旅気分を味わうことができました。長距離のドライブだったので、途中でガソリンを給油しました。

途中山越えがいくつかあったので、ガス欠にならないように気をつけました。目的地に近付いてくると、かなり道路が混雑してきました。

知らない街で混雑している道路をドライブするのはかなりの勇気が要ります。

標識を見落とさないように気を付け、また何台かの車に追い越されながらも、ようやく目的地に到着することができました。

2日間、ずっと車を運転していたので、腰が痛くなり、かなり疲れましたがとても良いドライブ旅行をすることができ、とても満足でした。

桜並木の下を車で走るのも最高

桜並木をドライブするのも楽しい。いつもドライブへ連れて行ってくれる友達がいます。

ドライブへ行くつもりでその友達に会うわけではありませんが、遊ぼうと言って約束して会うとよく友達が車に乗せてくれます。

毎回目的地も決めずとりあえずどこか適当に車を走らせようと友達が言うのでその友達にお任せしてお喋りしながら車で出発します。

目的地は決まってませんが、お喋りしながら普段行かない所など色々車で連れて行ってくれます。

その友達とドライブして楽しかった思い出はたくさんあります。

その中で一番の思い出は桜が満開の時季に日本の桜百選に選ばれているとある桜並木へドライブした時のことです。

その桜並木のすぐ下の道を桜並木に沿って車で桜がたくさん舞う中を走ってくれたことです。

普通に徒歩でそこへ花見に行くことはあるけど、なかなかその長い桜並木を車で走り抜けることってその地域に住んでないから経験することがないんですよね。

桜の木の下を歩いて花見するのとは違ってすごく感動しました。こういう花見もありだなって思いました。

花見も良かったけど、ドライブとしても最高なドライブでした。

私は普段から車を運転しています。
勿論通勤でも使ってますし、どこに行くにも車で移動です。

そこで欠かせないのがBGMですね。
今だと西野カナとかサカナクション、セカオワなどかけながら運転しています。
たまにもっとテンションの高いのもかけますが、年齢的にちょっとノリがきつくなってきました。
AKBとかだと昼間運転する時かけてると、楽しい気分になれますね。

夜、会社の帰りにもう少しドライブして帰りたいと思う事がたまにあります。
その時は窓を閉めて、ボリュームを上げて歌いながら運転をします。
これがまた気持ちいいんですよ。
友達とカラオケ行って歌う時よりノリノリで、全身全霊をこめて歌います。
反対に友達の前では恥ずかしくてあんな風になりきって歌えないです。

ある時、滅多に聞かないサザンのCDを友達が貸してくれました。
車で聞くといいよって薦めてくれたので、正直あんまり乗り気じゃなかったのですが
とりあえずかけて帰りました。

確かに車でじっくり聞くと中々いいなあと感じてきました。
そして「THUNAMI」が流れてきて、私も知っている曲だったので歌いだしました。
そしたら何故か、あのサビの「見つめあーうとーすなーおにーなれーない」って所で
感極まって涙が出てきてしまいました!もうボロボロ涙が止まりません。
別にこの歌に思いいれも何もないのに、不思議と泣けてきたんです。
歌いながら、引きつりながらめちゃくちゃです。
そんな私の無様な姿を対向車が見たら、きっと失恋して泣いているのか、はたまた会社で失敗して泣いて帰る途中かと思われたでしょうね。
夜でよかったです。

私、結構車でBGM聞きながら泣くんですよね。
家で同じ曲聴いてても何ともないのに、車だと凄く感情移入しちゃうんですよ。
それも夜、きらびやかなネオンを横に見ながら失恋の曲なんてかかってきた時には号泣ですよ。
曲の中の人物になって、失恋するまでの経緯まで想像してしまうのです。
もちろん相手の男性は、今流行のイケメン俳優でね。

この話を同僚とかにすると、みんな車でなんか泣かないって言うんですよ。
そして私のドライブ風景を想像して笑ってました。

私だけですかね。車の中で悲劇のヒロインになりきってしまうのは。

父とのドライブの思い出の数々

父とのドライブの思い出ドライブといえば、私の父が初めて車の免許を取り、あっちこっち連れて行ってもらったことを思い出します。最初に父が購入してきた車は黒のファミリィ車でした。黒という色だったので、もしかしたらタクシーが何かだったのかもしれません。何だか暗い色とおもいましたが、何せ中古でお金もなかったので、おそらく安く購入したのでしょう。

ちょうど、私が中学生二年生位の頃でした。その頃は東京都武蔵野市に住んでいたので、深大寺植物園とか御岳山とか小河内ダムとかを走り回り、父の試乗運転によくつきあいました。もっとも、当時は車を持っている同級生も少なかったし、私もものめずらしさも手伝って、ドライブに付き合うことは嫌でもなく、けれど面倒くさそうな顔をして父の車試乗会に付き合ったものでした。

私も高校一年位の時、その車で父と二人で、富士山の富士スカイラインを走って八号目位まで行ったこともあります。夏山でした。五合目から先は、登山となりますから五合目まででした。富士山の夏の茶色の稜線を見た時は、何となく武蔵野台地のはるかかなたから見た富士とは違う違和感を感じたものです。富士山は小学生六年の時、冬の富士をゴンドラから見たことがあり、その時真向かいにあった真っ白な富士山のドラマティックな佇まいを知っていて、その姿が焼きついているので夏山の富士山が自分の知っている富士のイメージでなかったことに若干失望したのでした。

この日は、家族で行くことになっていたのですが、弟が突然熱を出したので、母は看病せざるを得ず、中止しようかと言っていたのですが、父が行きたがったので私が付き合ったのでした。ドライブが大好きな父の落胆が大きかったので、私が同行すしました。

その黒の車で夏休み、家族で箱根までドライブ旅行に出かけたこともありました。あいにく、芦ノ湖までの道のりには、霧が垂れ込めていて先が見えない悪天候でしたが中止する気がない父は、その悪天候のなかを走っていきました。あたり一面真っ白な世界で、雲海の上を走っているような幻想的風景でしたけれど、乗車している私達はひやひやもので、いつ道を車がはずすのか父の操作するハンドルばかり監視していたことを思い出します。

箱根の道は、山道ですから、クネクネと曲がっていて、実に危険一杯のドライブでした。母も弟も私も黙ったまま、芦ノ湖に着いた時には、みんなほっと胸をなでおろしたものです。けれど、逆な見方をすると、そんな幻想的風景は、滅多なことでは見られない貴重な体験だったのかもしれません。その時以降、今までそんな体験はしたことがないほどの怖いドライブでした。

高校三年になると、八王子に越してきて、父は淡いウグイス色の中古車に買い換えました。明るい色目の先の黒の車に比べると走行距離も短いお洒落な車でした。この車で夏休み、千葉の海まで家族でドライブ旅行に行きました。日原鍾乳洞にも足を延ばし、また、西武園の打ち上げ花火に連れて行ってもらったこともありました。あと、秋に日光へ紅葉を見に行ったこともありました。

そのあたりが家族で出かけたドライブの最後で、その後、大学に入った私は夏はクラブ活動の合宿やらで多忙で、秋には就職活動、冬はバイトと忙しい毎日を過ごすようになりました。帰宅時間も遅くなり、私の側にいるのは父でなくボーイフレンドや友人になりました。

八王子というロケーションかからよく中央道を使って、富士ドライブウェイへ向かってのデートコースも何回か行きました。しかし、そこで運転しているのは、当時交際していた人であり父ではありませんでした。中央道の夜景が美しく、それこそ夜空のなかを疾駆して行くというイメージが今でも残っています。

それからしばらくして、比較的早い結婚をしてしまいまして、夫となった人は車には乗りませんでしたので、それ以降はドライブとは余り縁がなくなりました。父が念願の新車セリカを購入した時は、私は結婚をして、実家を離れてしまっていたため、私は父のセリカで遠出のドライブをしたことはありません。

六甲山でまさかのエンスト

六甲山私は昔から車が好きで毎週のように行くのですが。3年前にあった少し困った話を書いてみたいとおもいます。

その日は当時の彼女と六甲山にドライブに行くことにしました。普段は一人でドライブをするので走る事だけを楽しんでいるのですが、その時は彼女と一緒だったので色々と計画をしていったのです。

まず初めに立ち寄ったのは六甲山のふもとにある、かぶと山というところに寄りました。ここには公園があり散歩するにはさいこうです。次に目指したのは山頂にある展望台です。そこからは阪神間が一望でき、晴れていれば最高の景色です。食堂や景色のよく見えるレストランなどもあり、昼食をここでとるのもありだと思います。

山頂からの景色を満喫したあとは、山頂からすぐ近くにある六甲山牧場です。そんなに広くはないですが、色々な動物と触れ合えてかなり癒されます。私のお気に入りはドッグショーです。犬が羊を上手く操るところを見ることができます。

牧場を後にし次に向かったのは山頂からはちょっと離れていますが、六甲山高山植物園です。ここには高山にしかない珍しい植物がたくさんあるので、中々勉強にもなります。

以上が当日のドライブコースでした。高山植物園を出ると時間もそこそこだったので、少し飛ばし気味で走りました。運転には自信があったのでカーブもそこそこのスピードで走り抜け、エンジンもブンブン回していたのです。

六甲山は結構激しい峠道ですが走りを楽しむにはもってこいなのです。勿論法令順守ですよ。そんなこんなで走りを満喫していると、いきなりエンジンが止まったのです。いきなりの重ステにビックリしたのですが、何よりなんでエンジンが止まったのか分りません。とりあえず道端に車を止めてエンジンをかけてみると、あっさりかかったので一安心。

ところが5分も走らないうちにまたもやエンスト。再びエンジンんをかけてみるものの全くかかりません。仕方なくレッカーを呼んで家の近所に運んでもらうことにしました。翌日車屋さんから電話があり、オイル漏れでエンジンが焼き付いたみたいなのです。修理するとかなりお金がかかりそうなので仕方なく廃車にしました。やはり点検はマメにしなければいけませんね。

納車日の初めてのドライブ

納車日に友達とドライブ私が免許を取得したのは19歳のころ。その当時の彼氏の影響で、車の整備やカスタムに興味があり、もっと詳しくなりたい・もっと車を触りたい!と思ったら居ても立ってもいられず、即教習所に通いだしました。毎日通って学科はほぼ独学で学び、約1ヵ月で免許取得しました。

それからすぐ、車を購入。初心者のうちは傷をつけたりするかも…と思い、安いけど新古車で軽自動車を購入しました。納車日まで彼や友人の車で練習を重ね、いざ納車日。早速友人を乗せ、なんと高速を使って4時間の街へいきなりのドライブを敢行しました(笑)。

出発してからしばらくは、運転に集中しまくって会話の内容をほとんど覚えていません。
途中途中パーキングでの休憩をはさみながら進んでいくにつれ、徐々に緊張が解け、スピーカーから聴こえてくる音楽と一緒に歌ったり、自分でペットボトルのふたを開けられたり(笑)、ドライブを楽しめるようになってきました。

友人も私の運転に少し安心してくれたのか、助手席でCDを変えたりしながら、ノリノリで歌を歌ったり片手をあげ踊ったり、車中はいっきにカラオケボックス状態に。
冬で寒いのに窓を全開にし、音楽をガンガンかけ、大声で歌いながら、なんとも近所迷惑なドライブです。

でも私にとっては、ようやく手に入れた免許と車でこんなに楽しいドライブができることがもう嬉しくて嬉しくて時間も忘れて、アクセル踏んで、気づいたら高速の降り口を過ぎていました(笑)。

あの日から13年、今でもドライブ大好きで休みの日は目的地も決めず、相変わらずカラオケボックス状態でひたすらドライブします。

知らない道も不安だけど新しい発見があったりして、ドライブ大好きです。でもあんなに楽しくてげらげら笑えたドライブはあの日が一番だったと思います。今はその友人が離れたところに住んでいるので、一緒にドライブは行けなくなってしまったけど、次に会うときはまたどこか遠出ドライブ行きたいです。

男だけのワゴンツアー

guys-group私が20代の頃の話ですが、学生時代から仲が良かった友人たちとドライブグループのようなものを結成していました。

ドライブグループとは大袈裟ですが、ようするに着のみ着のままドライブをすることが好きな者の集まりで、もちろん会則など何の制約もありませんでした。

その会の中でも特に命名されていたものに「男だけのワゴンツアー」というものがありました。常連メンバーの一人が仕事上必要に迫られ、10人乗りのワゴン車を購入したことが発端です。

このワゴンツアーはまさしくドライブグループの趣向に相応しいものでした。メンバーの大半がごく平凡なサラリーマンでしたので、ツアーはほとんど週末に決行されます。必ずと言っていいほど1泊2日のドライブで、なかには金曜夜発日曜夜着という2泊3日の強行ツアーもありました。

計画性に乏しく突然決まるツアーですので宿泊施設は利用できません。利用できないというよりはむしろ「利用しなかった」という方が正しいでしょう。すべて行き当たりばったりのツアーでしたから醍醐味があったとも言えます。

限られた時間を有効に使うため、目的地だけは事前に決める場合がほとんどでした。いろいろな観光地巡りもしたかったのですが、予算的都合や往復の距離を考えるとどうしても勝手知っている場所になりがちでした。

中でもお気に入りは伊豆方面です。海などの自然に富んだ場所で、道路などの環境も整備されていたのでアクセスしやすく、気軽に行くことができました。

運転者の交替についてはまったく無計画でした。ひとり当たりの運転時間などは決めません。疲れたら他の者に変わります。参加者平均は5名ほどでしたので交替で困ることはありませんでした。

気ままなツアーですから、いわゆる「車中泊」です。眠くなった者は勝手に車内で寝まるのですが、時には運転者以外のほとんどが眠ってしまうこともありました。しかしそういう状況に置かれると運転手は緊張感で眠くならないものです。

今考えると無謀な部分も多かったと思いますが、和気あいあいのドライブでしたから、寝る間も惜しんで楽しみたいという若さゆえのものがあったに違いありません。毎回がパーティーのように賑やかなドライブでしたので、今でも思い出は尽きないのです。

辛かったが思い出になった彼氏とのドライブ

今まででもっとも楽しくて過酷なドライブは大学の卒業旅行です。最後の春休みにぎりぎり駆け込みで免許を取得した私は、車が運転したくて仕方ありませんでした。

そこで、卒業旅行を兼ねて彼氏と二人でお金を出し合って中古車(かなり年季の入ったアクアでした)を5万円で購入。東京から長崎まで一週間かけて食い倒れの旅を企画しました。

二人ともお金に余裕がないのでできるだけ高速道路を使わず下道で。ホテルに泊まったのは1度だけ。あとは全部24時間営業の健康ランドか車中泊でした。

名古屋で味噌カツを食べ、大阪でたこ焼きを食べ、神戸の中華街で肉まんを食べていたあたりまでは楽しかったのですが、そこからの道がひたすら退屈なことったらないのです。

こんなアホなことするんじゃなかったという後悔と険悪な雰囲気をなんとか乗り越え、晴天の関門海峡を渡ったときの感動は今でも忘れられません。

そして九州に入るとあとは惰性でゴールの長崎ハウステンボスへ。チューリップの咲きほこる風景に、やっとついた・・・と言う安堵と同時に、これからまた東京まで帰らなければならないと思うと泣きそうでした。

帰りは退屈な中国地方は避けて、フェリーで四国へ渡り、四国でうどんをいやというほど食べて、淡路島を通って帰りました。

かなりの距離を運転したおかげで、免許をとったばかりでも運転に自信がつきましたが、それから社会人になり、車に乗る機会もまったくなく、現在ではすっかりペーパードライバーになってしまいました。

今あんな無謀なことをしろといわれても絶対できないなぁと思うと、あの辛い旅はやっておいて本当によかったと思います。行っている間、両親は無事帰ってこれるのか気が気じゃなかったそうですが。